女優や司会者として活躍を続けている加賀まりこさん。
類のない魅力と高い演技力で映画、TV、舞台などに女優として幅広く出演してきました。
今回は加賀まりこさんの若い頃を振り返り、現在の活躍に至るまでの変遷をお届けいたします!
【画像】加賀まりこは若い頃美人!
幼少期・10代(1943年~1963年)
引用元:X(エックス)加賀まりこ17歳 可愛すぎる!!#ダウンタウンDX pic.twitter.com/H9rOsc09SM
— どんぐり (@tMTN45NfIU9CkL2) September 15, 2022
加賀まりこさんは、1943年に生まれ、現在も映画会社大映のプロデューサーとして知られている加賀四郎が父親という芸能一家で育ちました。
明年星学園高等学校に在学中の1960年(当時17歳)の時に、神楽坂の路上で「今度僕らがとる映画にあなたに出てほしいんです」と、スカウトされました。そしてフジテレビ系ドラマ『東京タワーは知っている』でデビューしました。
上の画像は『ダウンタウンDX』で放送された17歳の時のものです。17歳とは思えないほど美人ですね!
引用元:X(エックス)#HBD
— 三久真空 (@mickmac70) December 11, 2024
加賀まりこ
『涙を、獅子のたて髪に』1962 pic.twitter.com/n5zh9BtYs3
加賀まりこさんは、1962年(当時19歳)の時に、『涙を、獅子のたて髪に』で映画デビューをしました。
この時加賀まりこさんは、松竹と5年契約を結んでいます。デビュー以来、奔放な言動でマスコミをにぎわせており、「小悪魔」や「和製ブリジット・バルドー」などと呼ばれていました。ブリジット・バルドーとは、フランスの女優です。
上の画像は『涙を、獅子のたて髪に』に出演している時のものです。ユキという少女を演じました。

加賀まりこさんは、芸名をどうして「まりこ」にしたのかな?

それは、秋山庄太郎さんが「加賀だったら、『まりこ』が明るくていいじゃないか」と名付けたそうよ!
20代(1963年~1973年)
引用元:NIKKATSU
加賀まりこさんは、1964年3月(当時20歳)の時に、映画『月曜日のユカ』で主演を務めました。
この時加賀まりこさんは、中尾彬さん、山本陽子さんと共演しており代表作の一つとなっています。
この映画の後も数々の映画に出演し、小悪魔的なルックスと高い演技力で人気女優となりました。しかし、歯に衣を着せぬ発言や、強気な態度から「生意気」とレッテルを貼られていたようです。その言動が波紋を呼ぶこともありました。
上の画像は『月曜日のユカ』のポスターのものです。この映画では、心は純真な娼婦を演じました。
引用元:デイリー新潮
加賀まりこさんは、同じく1964年5月(当時20歳)の時に、半年先までの仕事のスケジュールもキャンセルして休職をしました。
この時加賀まりこさんは、「『加賀まりこ』というパッケージだけが独り歩きしているのに嫌気が差して」、「『女優なんかやめて転職しよう』と、本気で思っていた」とお話しされており、女優を楽しめていなかったことが確認できます。
この期間は、パリで生活をしていました。このころ、カジノでギャンブルを楽しまれたり、買い物をしたりでお金を使い切るという目的を持っていてそれを達成したそうです。
上の画像は20歳の時のものです。当初は映画祭などに参加していており、その時の写真です。
引用元:X(エックス)加賀まりこさんのオンディーヌ
— 九十九屋さんた(さかなや) (@tikutaku) February 17, 2023
割合昔にしっていて脚本もパンフレットも買ったんだけど、どこかに映像残ってないかとずっと思っている pic.twitter.com/DSWhV9xNiy
加賀まりこさんは、パリで過ごし始めて1年ほどたった1965年6月(当時21歳)の時に、日本へ帰国し劇団四季の舞台『オンディーヌ』に出演しました。
この時加賀まりこさんは、演出家の浅利慶太さんから電話がかかってきて出演しないかと聞かれたそうです。
そのことを姉に相談したところ、「あんたみたいなチンピラにできるような役じゃない」と言われむかついた、ということをお話しされています。そして、やってみてダメだったら仕事を変えられるとも考えていたそうです。
しかし、この舞台は大盛況となり、加賀まりこさんはこのことがきっかけで演技を学び女優になることを本気で決心したと語っています。
上の画像は『オンディーヌ』に出演していた時のものです。

加賀まりこさんは、どうしてお金を使い切りたかったのかな?

それは、「こんなにお金持ちの20歳の女の子なんて普通じゃない」という居心地の悪さがあったみたいよ!
30代(1973年~1983年)
引用元:NHKアーカイブス
加賀まりこさんは、1977年(当時34歳)の時に、大河ドラマ『花神』に出演しました。加賀まりこさんはこの時が初の大河ドラマ主演でした。
この時演じた役について加賀まりこさんは、「夫の名声や出世におよそとらわれない女性だという点が、一番好きでした」とお話しされており、好きな気持ちを持って演じていたことが確認できます。
上の画像は『花神』のワンシーンのものです。主人公の妻を演じました。
引用元:X(エックス)「泥の河」の加賀まりこさんは本当に美しいよ pic.twitter.com/07hJYNQlYQ
— ピチ子 (@comomoda1) September 22, 2020
加賀まりこさんは、1981年(当時38歳)の時に、木村プロダクションによる自主制作の映画『泥の河』に出演しました。そして、第55回キネマ旬報ベスト・テンの助演女優賞を受賞しています。
この時加賀まりこさんは、多忙であったため東宝の撮影所に船を持ち込んで、6時間ですべての出演シーンの撮影を終えたそうです。衝撃の忙しさですね!
上の画像は『泥の河』出演時のものです。出演時間は長くくないものの、インパクトの強さで多くの人の記憶に残っているようです。

加賀まりこさんは、助演女優賞を受賞したんだね!

2025年現在までで計7個の賞を受賞しているわ!
40代以上(1983年~)
引用元:X(エックス)「ころもがえ『夜のヒットスタジオ』6代目司会役にチャレンジ
— 昭和ホテルファンクラブ (@hotelnewaka0) May 4, 2024
加賀まりこ(46)はアイドル歌手ビシバシのオバタリアン宣言!?
黒のキュロットスタイルで、『若い歌手って、女も男も隣の人、フツーっぽいじゃん』と堂々の喝破」
週刊ポスト、平成元年 pic.twitter.com/NstKjEiC0v
加賀まりこさんは、1989年から1990年の間、古舘伊知郎さんとともにテレビ番組『夜のヒットスタジオ』の司会を務めました。
この時加賀まりこさんは、司会者としても思っていることをはっきり言うところが注目を集めていたようです。
上の画像は司会者を務めている時のものです。1枚目の右側にいるのが加賀まりこさんです。
引用元:X(エックス)平成17年 ドラマ 花より男子 加賀まりこさん pic.twitter.com/zVzAyjStnn
— Tayuki (@72tayuki) March 31, 2024
加賀まりこさんは、2005年から2007年にかけて放送されたテレビドラマ『花より男子』に出演しました。この出演により、若い世代から「道明寺のお母さん」として認知されるようになりました。
この時加賀まりこさんは、「鉄の女というか、血が通ってない役は似合わないと思って最初は断ったけど、クランクイン1週間ほど前にプロデューサーと演出家の方に口説かれ、その熱意に打たれて出演を決めた。反響が凄かったわ」とお話しされています。
上の画像は『花より男子』のワンシーンのものです。役で認知されるようになるとは、すごい存在感だったのですね!
引用元:クランクイン
加賀まりこさんは、2025年(当時81歳)の時に、桜井ユキさんが主演のドラマ『しあわせは食べて寝て待て』に出演しました。
この時加賀まりこさんは、原作漫画を読んで、「『マンガのジャンルって広いんだな』『こんなにヒューマンなものがあるんだ!』と驚きました。本当に心が温まる優しい物語で、これをちゃんと表現してお伝えしたいと思いました」とお話しされており、原作を大切にされていたことが確認できます。
また、自分の円いた役で人間性の部分で勉強になるところがあった、ということもお話しされていました。
上の画像は『しあわせは食べて寝て待て』のワンシーンのものです。ちょっぴりおせっかいな90歳の大家さんを演じました。白髪でもキュートな魅力がありますね!

加賀まりこさんは、90歳の役を演じたんだね?

ファンからは「加賀まりこさんだったのか!」という驚きや、「おばあちゃん役でもかわいい」といった絶賛の声が多く出ました!
【画像】加賀まりこは旦那と事実婚!元カレ・元夫との恋愛遍歴は?
加賀まりこは旦那と事実婚!
引用元:X(エックス)#あのときSNSがあったらどれだけ荒れたのか総選挙
— まゆー (@degu_mayu) October 20, 2022
加賀まりこ、未婚の母に pic.twitter.com/6ue8cSpXey
加賀まりこさんは、1972年(当時21歳)の時に、未婚のまま女の子を妊娠し、シングルマザーとして育児をする決意を明らかにしていました。この時、父親に関しては「名は明かしません」とお話しされています。
しかし、出産予定日よりも2か月早く帝王切開をして生まれましたが、間もなく亡くなってしまいました。死因については公開されていません。
その2年後の1974年(当時31)の時に、フジテレビで勤務していた高田明侑さんと結婚しましたが、1980年(当時37歳)の時に離婚しました。
引用元:X(エックス)
加賀まりこさんは、2002年のころ(当時59歳)から、6歳年下の演出家である清弘誠さんと事実婚を続けています。
二人は長年の麻雀仲間だったそうです。加賀まりこさんが好きになったそうですが、最初は振り向いてもらえなかったそうです。そして、加賀まりこさんは5年間アタックを続けました。
当時から、清弘誠さんには自閉症の息子さんがいます。その時の状況について加賀まりこさんは、「若くして離婚して、お母さんに手伝ってもらいながら育ててきた息子が、自分が老いた後、どうやって生きていけばいいだろうかと彼は頭を悩ませてた」と語っています。その状況も理解しつつ、気長にアプローチを続けていたそうです。
清弘誠さんが振り向いてくれたのは、息子さんを預ける学園が見つかってからでした。
また、清弘誠さんには娘さんもいて加賀まりこさんとの関係も良好だそうです。

加賀まりこさんは、どうして事実婚を続けているのかな?

それは息子さんのためではないかと言われているわ!
加賀まりこの恋愛遍歴は?
引用元:X(エックス)加賀まりこを前に笑顔の川端康成(1965) pic.twitter.com/h35lPFthAN
— プリン人形 (@icjk2019) November 22, 2023
加賀まりこさんは、幼少期に母から「世間体を気にする生き方は最低」と教えられた影響で、「自分に正直」をモットーに行動しているということです。
そのため、好きな人には自分から積極的にアプローチをするとお話しされています。そんな加賀まりこさんには、今まで5人の恋人がいたことが噂されています。
1人目は作家の川端康成さんです。22歳のころで、40歳以上の年の差がありました。2人で朝食を食べに行くこともあったそうです。しかし、加賀まりこさんは交際ではないと否定しています。
2人目は俳優の石板浩二さんです。23歳のころでドラマ『潮騒』で初共演、舞台『泥棒たちの舞踏会』で仲良くなったそうです。お二人は同棲もしていました。
引用元:X(エックス)石坂浩二 ドラマで元妻の浅丘ルリ子&元恋人の加賀まりこと共演: ざっくり言うと * 石坂浩二がドラマで元妻の浅丘ルリ子、元恋人の加賀まりこと共演する *… https://t.co/Ec1cNHUeHm #エンタメ #相互 pic.twitter.com/dTnh7gwa69
— キャンディーズ・アイドル相互 (@kaoritenko) June 30, 2016
3人目は歌謡歌手の布施明さんです。当時29歳でした。しかし、布施明さんとの交際は公表されていません。しかし、1972年に出産した際の相手なのではないかと噂されました。
4人目はフジテレビプロデューサーの高田明侑さんです。31歳のころお二人は結婚しましたが、6年で離婚することとなりました。高田明侑さんは、2011年に亡くなりました。
5人目が現在事実婚状態の清弘誠さんです。清弘誠さんはTBSのプロデューサーをされています。

加賀まりこさんは、たくさんのうわさがあるんだね

恋多き女性としても有名だったみたいよ!
加賀まりこのプロフィール・SNS
引用元:クランクイン
プロフィール
- 名前:加賀まりこ(かが まりこ)
- 本名: 加賀 雅子
- 生年月日:1943年12月11日
- 年齢:81歳(2025年5月現在)
- 出身地:東京都
- 血液型:O型
- 趣味:スポーツ観戦
- 特技:フランス語
- 所属事務所:個人事務所
著書

加賀まりこさんはどのスポーツが好きなのかな?

特に相撲や野球の感染が好きだったみたい!会場まで足を運んでいたそうよ